教会はどなたでも歓迎いたします
ぜひ 礼拝にご参加ください
はじめての方はお申し出ください
係がご案内します

礼拝と教会について

教会は、イエス・キリストを大切にし、神様の愛に支えられながら、共に歩む人々が集まる場所です。

私たちは、毎週日曜日に行われる「礼拝(れいはい)」を、教会生活の中心として大切にしています。礼拝とは、神様からの招きを受けて教会に集まり、聖書のお話やメッセージを聞き、祈りや賛美の歌を通して心を静め、整えるひとときです。

神様からの招きは、どなたにも開かれています。教会が初めての方でも、どうぞ安心してご参加ください。礼拝は、当日お配りする「週報」に書かれた順番に沿って進みます。

初めての場所では戸惑うこともあるかもしれませんが、近くの席の教会員が丁寧にお手伝いしますので、ご心配はいりません。

礼拝では、聖書と讃美歌集を使用します。お持ちでない方は、教会に備え付けのものを自由にお使いいただけます。

また、礼拝の中では、感謝の気持ちを表すものとして「献金(けんきん)」の時間があります。当番の者が席を回りますが、強制ではありません。ご用意のない場合は、空の袋のままでお出しください。

私たちは、日曜日ごとの礼拝を通して、今の時代を生きる喜びや、日々を歩んでいく力を新たにいただいています。

教会のあゆみ

日本では長いあいだ「キリシタン」が禁じられていましたが、その禁制が解かれたあと、1872年(明治5年)に日本で最初のプロテスタント教会(日本基督公会)が横浜に誕生しました。続いて翌年には東京・築地にも教会が生まれています。

私たちの教会は、その築地の教会を母体として、1877年(明治10年)11月17日に、牛込二十騎町(新宿区)で「牛込教会」として始まりました。 初代の牧師は日本人で、最初にキリスト教会の牧師になった小川義綏(おがわよしやす)牧師でした 翌年には、現在の新宿区払方町24番地に会堂を建て、この地で長い歴史を刻みながら歩んできました。

1941年(昭和16年)、日本基督教団の成立にともない、教会名を「牛込払方町(うしごめはらいかたまち)教会」と改めました。戦時中には東京大空襲によって会堂を失いましたが、戦後に再建された会堂で、今日まで毎週礼拝を続けています。

長い歴史の中で、この地に立てられ、集められてきた「キリストに生きる人々の群れ」――それが、私たちの教会です。

牛込の由来

牛込 「込」は多く集まるという意味があり、大昔、この地一帯にたくさんの牛が放牧されていたので、この名が起きたといわれています。上野国(こうづけ・現在の群馬県)の大胡(おおご)氏が移ってこの地に住み、約400年前の天文24年(1555)、牛込氏を名のりました。牛込氏は小田原の北条氏に属し、牛込から日比谷辺りまでを領有し、その居城は袋町一帯の高台にありました。(新宿区HPより)

払方町の由来

納戸(なんど)町、払方町、細工町、これらは、箪笥(たんす)町と同様に、居住していた武士(同心)の役職名に由来して命名されたものです。

納戸(なんど)役は、将軍の手もとにある金銀・衣服・調度の出納や大名旗下の献上品・将軍の下賜品を取り扱っていたもので、その内の下賜品を取り扱ったのが、払方(はらいかた)です。御細工は江戸城内建物・道具の修理・製作にあたっていました。

また、二十騎(にじゅっき)町は、先手与力の屋敷地であったことに由来しています。1組10人で構成される先手与力が、2組20人居住していたことから、二十騎町と俗称され、現在の二十騎町となりました。(東京都HPより)

鰻坂 (うなぎざか)

近くに神楽坂もあるように牛込台は坂の多いところです、教会は鰻坂を曲がって上がったところにあります

坂が曲がりくねっており鰻のような坂だ,という意味から鰻坂と呼ばれた。  『御府内備考』の払方町の項に「里俗鰻坂と唱候,坂道入曲り登り云々…」と記されている。 (新宿区教育委員会)                     

丘の上の教会へ

教会の絵

♪丘の上の教会へのぼる石だたみ、                           

 春は桜のはなびら、手のひらにうけてのぼる。

ほら、ディン、ドン、ディン、ドン、                   

 清か(さやか)に優しくベルは鳴りわたる。

ああ、懐かしい教会へ、今日こそみんなで帰ろう♪

これは「丘の上の教会」という讃美歌の一節です。

明治20年ごろから大正時代の終わりまでの約40年間、ここ払方町(はらいかたまち)周辺では、日曜日の朝になると、清らかな鐘の音が町じゅうに響いていたと伝えられています。

当時の教会堂には、3階建ての木造の鐘楼(しょうろう)があり、その中には大きな青銅製の吊り鐘が設置されていました。この鐘は、女子学院の宣教師ミリケン先生の働きによって、アメリカの支援者の方々から贈られたものです。

日曜日の午前9時になると、その鐘の音が礼拝の始まりを知らせ、「一帯に心地よい音波が流されて福音を伝えていた」と記録に残されています。当時も今と変わらず静かな住宅地でしたので、鐘が響く光景は、今想像しても温かく、どこかのどかさを感じさせます。

しかし昭和に入り、鐘楼が古くなったため鐘は下ろされ、さらに東京大空襲で教会堂が焼けてしまいました。それでも鐘だけは焼け跡に残され、戦後しばらくは教会の記念品として大切にされていました。

その後、昭和33年の教会の建て替え時に、資金のため鐘は手放されました。
そして鐘のあった場所は、いまの玄関や一部の集会室へと姿を変えて引き継がれています。鐘はなくなりましたが、私たち牛込払方町教会は、「鰻坂(うなぎざか)の上」に150年近く建ち続けています。

かつて鐘が鳴り響いていた日曜日の朝の礼拝を、今も変わらず続けています。

どなたでも、どうぞ教会へとおいで下さい。ご一緒に礼拝をまもりませんか。

聖書について

聖書(せいしょ)は、キリスト教でとても大切にしている本です。キリスト教徒(クリスチャン)は、この聖書に書かれている神様の教えを信じ、生活の中で大切にしています。
聖書は大きく二つの部分からできています。

  • 旧約聖書(きゅうやくせいしょ)
  • 新約聖書(しんやくせいしょ)

この二つが一冊にまとまったものを、私たちはふだん「聖書」と呼んでいます。
「旧約」「新約」という言葉は、どちらも「契約(けいやく)」という意味があります。神様と人との間に結ばれた特別な約束のことです。

旧約聖書には、神様とイスラエルの人々との間に交わされた約束が書かれています。新約聖書には、旧約で約束されていた救い主イエス・キリストが来てくださり、すべての人に開かれた新しい約束が始まったことが書かれています。

聖書は、世界中の多くの人が読んできた歴史ある書物であり、今も多くの人の心に希望と導きを与えています。